考える自由『海を見る自由』

自宅待機中ですので
積読本を読み漁り
各メディアにアクセスし・・・

色んなことを考えているわけですが・・・
こんな記事を見つけました。

これは

2011年3月
東日本大震災で卒業式が中止になった
埼玉県 立教新座中学・高校 渡辺憲司校長が
卒業生に送った言葉です。


大学に行くとは『海を見る自由』を得るためであり
つまりは『立ち止まる自由』を得るためだと思う。

中学・高校時代に君らに時間を制御する自由はなかった。
大学を出て就職したとしてもその構図は変わりない。

時間を管理するのは、自分ではなく他者なのだ。
それは家庭を持っても変わらない。

2011/3/15 『卒業式を中止した立教新座高校3年生諸君へ』から抜粋


自由に時間管理ができるのは実は大学時代で
『今日一人で海を見にきたよ』
と言える自由があるのは
この時だけかもしれない。

その貴重な時代を
時間を空しく費やすのではなく、
自分を直視する時間に充ててほしい。

そんな思いで
当時、未来ある子供たちに
この言葉を送られたと推測します。

あれから9年経って

今、我々は得体の知れない何者かに
自由を奪われている感があります。

それは買い物する自由、働く自由
外出する自由、人に会う自由・・・

しかし、『海を見に行く時間』は無くとも

全員に『自分を見つめ直す自由』を
与えられていると感じます。

確かに外出や旅行に出かけることができなくなりました。
会いたい人に会えなくなりました。

辛いと思っていた仕事も出勤できないと
やっぱり物足りないし・・・
お給料だって減額されてしまう。

学校だって、
最初はなくなってよかったって
思っていたとしても
やっぱり先生や友達に会いたくなります。

しかし、
一日中、自分の時間を楽しむことで
たくさんの思考を巡らせる事ができたはず・・

その気になればいろんな事ができたはずで
それは今は実行に移せないけれど
これからやりたいことになるかもしれません。

そして希望になるかもしれません。

だから、
自宅待機も悪くないな・・・
って思っています。

今、まさに思いもよらない事が
我々の周りで起きているわけで

テレビの報道を見ても
不確かすぎて信用におけません。

本当は誰もよくわかっていないのかもれません。

明日は会社から
追加の自宅待機が言い渡されるかもしれないし
そうでないかもしれません。

しかし、現実を受け止めて
今日一日、自由をいただいたと思えば
ありがたい!

近い将来
『海を見る自由』を獲得するべく
今は自宅での自由を楽しみたいです。

 

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