公文式プリントをメルカリで売っちゃう感覚がわからない

最近、公文式を始めた甥っ子ですが
母親である私の妹が

「メルカリでくもんのプリント売っていて、それも添削したプリントを売っている。」

と言うのです。

まあ、どうなんですかね?この感覚・・・

メルカリのサイトをのぞいてみたら
まあ、色んな方が出品していますね。
くもんの教室で配られるプリントを・・・

ちゃんとしているくもん教室は
プリントの管理が厳しいです。
ですから、なぜこんな新品のプリントがまとめて
売りに出されているのか?
全くよくわかりません。

何かゆるくシステムが変わったのでしょうか?

私が知っている教室は
何枚渡して何枚返って来たかをしっかり管理していましたし
生徒一人一人の学習データがしっかり管理されていました。

当然、生徒一人一人の記録の中に
プリントの枚数もしっかり記録されて
何回繰り返したかも記録されているはずなんです。

適当にプリント配って
回収されなくても
把握できていない教室が存在することが信じられません。

宿題をやらなくても管理されていない教室ってあるんですね?
子どもの学習進捗状況が把握できないのではないのでしょうか?

余分にもらったプリントを
取っておいてメルカリで売っちゃう人がいるのも驚きですが

自分の子どもがやった学力テスト用紙まで売っている神経がわかりません。
紙ゴミに出すより現金化なのでしょうか?

地球に優しいリサイクルのつもりなんでしょうか?

確かにみんなで使い回せば地球に優しくなるでしょうが
私は何となくモヤモヤした感じを受けます。


そもそも
子どもの教育にあまりお金をかけないことは悪くないですよ。
色々と工夫をしてご家庭で手作り教材を作って
働きかけするのは大賛成です。

最近は新聞を取っていないご家庭も多く
お子様の工作、ペットのトイレの始末に使用する
古新聞やトイレットペーパーの芯が
メルカリに出品されていることは知っていますが・・・

このプリントを出品しちゃう感じ
何となく私は嫌なんですね。

本を中古で売るはありです。
その延長で例えばTOEICの問題集だったり
予備校の問題集だったり
売るのは別に何とも思いません。

これは許せるんですが
なぜか、くもんのプリントには抵抗あります。

この感覚って私だけですかね?

プリントを出品している人にしたら
本、問題集の延長で何の抵抗もないのでしょう。

しかし、
この気持ち悪い感じを上手く説明できませんが

子どもが頑張ってやったプリントを
売っちゃうとか
先生から余分にプリントをもらって返さないで
売っちゃう、この感覚がわからないのです。

確かにどんどん増えるプリントを無料のリサイクルに回すより
メルカリでお小遣い稼ぎをする方がいいと思っているんでしょうが
セコイ!セコすぎます。


子どもの記録は宝物です。

ブログを始めるようになって
こんなに子どもの記録が宝物に思えることはないです。

当然、お製作したもの、折り紙なんかいちいち取っているわけに行きません。
最終的にはリサイクルに行く事になりますが

でも、ちょっと待ってください。
邪魔だと思っても数年は取っておいて欲しいです。
取っておくべきです。

子どもは毎日同じ事をやっているようで
少しずつ進歩しているものです。
ですから、その進歩がはっきりわかるまで
子どもの作品や作業したものは数年間は取っておく事をオススメします。

子どもの成長がわかった時の感動はなんとも言えませんよ。


世の中は
断捨離とか
ミニマリズムとか流行っていますが

私もそのようなシンプルな生活に憧れあります。

しかし、子どもの記録は別です。
幼児期のものはせめて小学校に入学するまでは取っておいてあげて欲しいです。

本日も最後までお読みいただきありがとうございます。

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